The Year 2017
A Collective Chronicle of Thoughts and Observations

Welcome to what is going to be a collective chronicle of the year 2017! This journal will follow the general change that we experience in our daily lives, in our cities, countries and beyond, in the political discourses and in our reflections on the role of artists and intellectuals. Originating from several talks and discussions with fellow artists and thinkers FFT feels the strong need to share thoughts and feelings about how we witness what is going on in the world. Week after week different writers, artists, thinkers and scientists will take the role of an observer as they contribute to this collective diary.

#2 January, 9t - 15th
Toshiki Okada

January 9th, 2017
クリスマスの一週間前からミュンヘンに来てる。ミュンヒェナー・カンマーシュピーレの今シーズンの新作レパートリー作品のひとつとなる “Nō-Theater” のクリエーションをしている。プレミアは二月十八日。その翌日にチェックアウトするまでこの劇場がゲスト・アーティストの宿泊・滞在用に持ってる快適このうえないアパートメントの一室で僕は暮らす。クリエーションのあいだ日々はルーティーンになるものだが今回もそうだ。目が覚めると浴槽に湯を張って、読書しながら入浴する。朝食は果物——ほとんどの場合、林檎とキウイと葡萄と柘榴——と、ヨーグルトにシナモン・パウダーをたっぷりかけて混ぜ合わせたもの。飲むのはコーヒーだったりペパーミント・ティーだったりする。食べながらメールマガジンに目を通す。この朝は、ロシア政府がアメリカ民主党のサーバーをハックして大量の情報を盗みウィキリークスに流して民主党の印象を悪化させトランプの勝利に加担したという報告書をアメリカの諜報機関が出したがネット上に民主党のサーバーがハックされた形跡はなく、だからロシアは濡れ衣を着せられていて民主党内部の何者か——たとえばサンダース支持者など?——が党内部の情報をウィキリークスに流した可能性が高い、という内容の記事を読んだ。リハーサルは十時にはじまる。アパートメントは劇場の目と鼻の先にある。部屋を出てから劇場の地下三階にあるリハーサル・スタジオまで五分とかからない。路上に週末に降った雪が残ってる。僕はきのうもおとといもほとんど外出しなかった。実は “Nō-Theater” のテキストを書き上げられていないからだ。先週の木曜日くらいから、実は右手首が痛い。腱鞘炎とかかもしれない。十四時すぎまでリハーサル。その後プロダクションメンバーと劇場のカンティーネで昼食。僕はミートローフのような挽肉料理。ブロッコリとマッシュドポテトが付け合わせてあった。通訳の秋子さんに同行してもらってトラムを乗り継ぎ、ゲーテ・インスティテュート本部のそばにある病院に向かう。診察の結果、右腕の付け根はやはり炎症を起こしているとわかった。ひんやりする薬品の塗布された包帯で、肘から先の右腕がぐるぐる巻きにされる。そこまで大袈裟にやらなくてもいいのでは、という気がする。木曜日にまた来るように、あと、手首部分を固定するためのグローヴをこの病院の向かいにある、ギプスなどを揃えた整形外科用器具を売る店で購入して装着するように、と言われる。ところがそこの店員はこんな包帯ぐるぐる巻きにした上にそれを装けるなんてヘンだ、という。器具の値段を聞いたら百二十ユーロだというので買うのはやめる。トラムで戻り、スーパーで果物を補充。白ワインも一瓶買う。カンティーネに行き夕食。うさぎのレバーとビール。アパートに戻り、もう少し執筆。

 

January 10th, 2017
包帯を濡らしてはいけないと医者から言われているのでプラスティックのゴミ袋で右腕を保護した状態で入浴。朝食で食べる柘榴を、ここでのルーティーンとして僕は二日に一回のペースでひとつ剥き、取り出した中身を二度にわけて食べているのだが、この腕の状態では翌日新しい柘榴を剥くのは無理だ。なので半個ぶん残っている柘榴を今朝で食べきらず、少しはあしたのためにとっておくことにする。トランプがツイッターで、トヨタが立てている、メキシコに新しく工場を作る計画に対し、つまりアメリカに作るのではないことに対し、ブーイングを表明したら、トヨタ本社の所在地である愛知県の知事がご機嫌取りのために大統領就任式に出席することになったみたいだ。知事はいっそのこと、余興のステージ・パフォーマンスやDJなども引き受ければいいのではないだろうか。新大統領は現在そのへんのブッキングにかなり難儀してる様子なので、感謝されること請け合いだ。出がけにゴミを捨て劇場へ向かう。リハーサルは今日も十時から。“Nō-Theater” は、中世から続く日本の古典の演劇形式のひとつである能の上演やナラティヴの構造を参照して、しかしオリジナルのそれとは似ても似つかない代物をつくる、というコンセプトを持つプロダクションだ。金融をテーマにしたものと、ジェンダー間の不平等をテーマにしたもの、ふたつの新作の〈能〉をやる。ひとつめの金融の話のほうはもう書けている。もう一つのほうも、あと少しで書き終わる。能は音楽劇であり、“Nō-Theater” も音楽のライブ演奏とともに上演される。このせりふを話すのに何小節を要するか、といったことをつぶさにチェックすることにも今日のリハーサルでは結構時間を割いた。十四時半頃に終了。みんな腹が減った。カンティーネへ。鴨の肉入りのソースで和えられたタリアテッレ。しばしおしゃべり。アパートに戻り執筆。十九時過ぎまで続けて、夕食にする。野菜やソーセージをオリーブオイルで蒸し煮にして最後に味噌で味付けするだけ、という簡単な料理をきのう買った白ワインと一緒に食べる。僕のfacebook上のタイムラインは、ゴールデン・グローブ賞授賞式でのメリル・ストリープのスピーチ映像をシェアするポストで盛りあがっているけれども、この賑わいを目にすることによって僕に引き起こされる最たるものというのは結局のところ、自分が属するディヴィジョン——所謂バブル——の存在を、このタイムラインにおいてそのディヴィジョンの外側は不可視なのだということを意識させられる、という仕方でまた改めて認識するという、あのいつもの思いだ。就任式の話題にしても、パフォーマンスの依頼を断ったミュージシャンたちのニュースは僕のタイムラインにちょくちょく飛び込んでくる一方で、依頼を栄誉と感じ喜んで受諾しているミュージシャンだって普通に考えたらいるはずだろうにそうした情報は目にした記憶がない。今ここで検索してみればおそらく見つかるには違いないのだけれども、そうする気はない。書く気力のほうは食後も残っていた。なので少しだけだが執筆を続けた。

 

January 11th, 2017
やはり右腕をゴミ袋でカヴァーして、朝、入浴。本のページがめくりづらい。けどまあそんなことをぶつくさ言っている場合じゃない。今ここで送っているような、果物を毎朝しこたま食べるなんていう生活は日本ではちょっと実現しづらい。だって果物が高いから。味はその分良いかもしれない。日本人の意識の中では果物は漠然と贅沢品にカテゴライズされているんじゃないかという気がする。柘榴について言えば、僕は去年の秋まで実は一度も食べたことがなかった。日本にも柘榴がないわけじゃないけれど、それほど一般的なわけでもない。今僕はかなりハマってる。でも明日は食べられない。残念でならない。今夜、僕がこれまでにやってきた演劇の仕事についてここミュンヘンの観客に紹介するというトークイベントがある。そこで見せようと思っている映像の確認をして、それからリハーサルへ。十時から十三時まで。カンティーネで昼食。チリ・コン・カルネを食べる。ミュンヒェナー・カンマーシュピーレのカンティーネは安くて美味いので、ここに滞在中は他所で外食したいとは思わなくなる。ミュンヘンは物価が高いとのことだが、この劇場をめぐる生活をしている場合は話は別になる。十四時から、われわれのプロダクション・チームのための、ミュンヘン大学アジア研究部日本センター(Munich University, Department of Asian Studies, Japan-Center)のシュルツ・エベリン教授(Prof. Dr. Evelyn Schulz)による、日本の社会状況についてのレクチャー。シュルツ教授は “Nō-Theater” のここまでに出来ているテキストを読んできてくれて、そこで扱われている内容に即したレクチャーをしてくれた。ジェンダー間の不平等をテーマにしている「都庁前」という二つめの演目の中で僕は映画「ロスト・イン・トランスレーション」に対して日本人が抱く違和感についてちょっと触れたのだけれど、彼女はその箇所にたいへん納得し気に入ったとのこと。十六時にレクチャーは終わり、僕はいったんアパートに戻り、短い仮眠。その後執筆。一九時半過ぎにカンティーネに行く。イベント開始前に夕食をとろうと思っていたのだけれども来るのが遅くなってしまい時間がない。なので不本意ながらチーズケーキにする。二十時からトーク・イベント。シュルツ教授も聞きにきてくれた。この十年の自分の活動の軌跡について映像をまじえて話す。国内の戯曲賞を受賞して演劇界で認知されるようになり、ブリュッセルのフェスティヴァル参加を機にそれ以降毎年海外ツアーをするようになり、なかでもベルリンのHAUを中心にドイツでの公演機会が増え、そして今こうしてミュンヘンの市立劇場で仕事しているということ。それから、日本社会の変化、なかでも二〇一一年に発生した大地震とそれが引き起こした福島の原発事故の影響を受けて生じた変化によって、自分の創作へ向かう態度や作風も変化したということ。ドイツに移住したらいいんじゃないのかということを、この日もそうだったがときどき言われる。すでに僕がドイツに移住していると思っている人も、ときどきいる。僕は福島の事故があった年に、それまで住んでいた東京圏から西に千キロ離れた熊本という都市に移住した。そしたら去年の四月、まさにその熊本で大地震が起こった。こういう話をすると、しょっちゅう地震が起こるような土地にどうして住み続けるんだろうと聞いている人——ヨーロッパの人、特に、ドイツの人——が感じているのが、わかるときがある。国外への移住は、今のところ考えていない。どこに住むかということもだが、何か起こったときにすぐ動くことができるかどうかも重要だ。すぐに移動する、というマインドセットを持っているかどうか。イベント終了後もカンティーネへ。ビールを飲む。秋子さんが頼んだリゾットをシェアさせてもらう。

 

January 12th, 2017
入浴。柘榴なしの朝食。でも今日の夕方病院に行けば、包帯を外してもらえるんじゃないかと期待している。オバマ大統領がシカゴで最後の演説をした。昨年五月に彼が広島を訪問した際に行った演説に僕は——ナイーブな話かもしれないが、構うものか——涙を流した。そういえばあれもミュンヘン滞在中のことだった。でもその一方、ANOHNI が "Obama" という直截なタイトルの歌の中で、あの唯一無二の声で告げるオバマへの失望を初めて聴いたときも僕は泣きそうになった。いつもと同じく十時からリハーサル。このクリエーションはここまで、きわめて順調に進んでいると思う。 “Nō-Theater” というタイトルに、日本の〈能〉という古典的な演劇形式を示しているという以上の何かを示唆させたいものだと思っている。数日前にふと思いついたのは、〈“Nō-Theater” is the theater that says no.〉ということだ。実際僕が今回のプロダクションのために書いた——書き終えられてはいないんだけど——テキストは、日本の社会の現状にはっきりとノーと言っているものだと言えるから、的外れではないと思う。〈能〉というのは、非常に乱暴な仕方で簡潔に言うならば、満たされない魂を持った幽霊が主人公である、というフォーマットを持っている。僕は今このミュンヘンで作っている “Nō-Theater” において、もちろんそのフォーマットを踏襲しているわけだが、ここで発表する二つの演目のうちの一つめのは「六本木」というタイトルで、グローバルな金融の容赦ない貪欲さの牙に襲われた結果将来世代を見殺しにしてしまうことになる日本の現在の財政状況を嘆くというストーリーである。国際的な金融取引に明け暮れた外資系投資銀行のディーラーだった男の幽霊が主人公である。二つめの「都庁前」のほうには、〈フェミニズムの幽霊〉が登場する。ちなみに世界経済フォーラムなる組織が発表した2016年版「ジェンダー・ギャップ指数」の日本の順位は調査対象144カ国のうち111位だったとのこと。そうした日本の現状は、しかし完全に日本のユニークなものというわけではないのであって、したがって “Nō-Theater” も、単に日本の社会のありようだけに対してノーと言っているだけの芝居とはならないはずだ。僕はそう信じて今、日本語ではなくそこから翻訳されたドイツ語が舞台上で発される、日本のではなくドイツの劇場でのレパートリーになるものとして、この芝居をつくっている。リハーサル終了後、一七時二〇分に予約を入れていた病院へ。炎症は前回の三〇パーセントにまで下がっているとのこと。手首固定用のグローヴを装けていないことに関しては特に何も言われなかったので安堵する。でも包帯はまだしていなければいけないことになった。新しいのが巻き直される。日曜日になったら自分で解いてよいと言われたが、つまりそれは、あしたとあさっては引き続き柘榴が食べられないということだ。病院から戻り、また劇場へ行く。二〇時から、劇場の年間会員を対象にして行われる、近々初演を迎えるプログラムを紹介するイベントに出席する。でも僕自身はほんの二言三言コメントをしただけ。“Nō-Theater” の一部のテキスト・リーディングも行われた。興味深いイベントだった。観客の年間会員たちからは劇場のプログラム内容やチケット購入方法に関する質問および批判が、かなり手厳しいものも含めて数多く出る。芸術総監督の Matthias Lilienthal 氏はじめ劇場のスタッフは自分たちの考えをはっきりと主張しつつ、それらに正面から応答した。イベント終了し、ちょっと疲れていたのでカンティーネには寄らずにアパートに帰る。すぐ眠るつもりだったがそうできなかったので、iTunesでクリスチャン・ペッツォルト(Christian Petzold)の映画「Phoenix」をレンタルしてラップトップの画面で見て、それから就寝。

 

January 13th, 2017
六時くらいに目が覚めたので入浴や朝食の前に少し執筆。昨夜見た映画の劇中で歌われていた「Speak Low」の一節が頭の中をめぐっている。気が付いたらまもなく今日のリハーサル開始時刻の十時半になるところだった。あわてて劇場へ。僕は演出のときに「想像」という言葉をよく使う。俳優が演じるときにどういう想像を持ち、その想像とどのように関わって演じるかということを重要視するからだ。それをあらわすドイツ語の単語 Vorstellung を最近ようやく稽古場でかわされるやりとりの中から聞き取ることができるようになった。昼食休憩時はカンティーネで、金曜日恒例の魚のスープを食べる。昨夜のイベントについての話になる。プログラム内容からチケット購入方法にいたるまで、観客からの批判的質問も多かったけれども、そうした声を聞くというオープンな場があのように劇場によってセットされていたことは、はからずも、あと一週間ほどで米国の大統領になる人物が「ユー・アー・フェイク・ニュース」というキャッチーな一言で記者会見におけるCNNのジャーナリストの質問に答えるのを拒否したというきのうのニュースとの対照をなしていた。そのことは、あの場にいた人はきっとみんな感じていたんじゃないだろうか。現代の日本人である僕からすると、トランプのような存在には既視感がある。たとえば元東京都知事の石原慎太郎がまさにあんな感じの、ときどき印象的な短いフレーズで差別的発言をして注目を浴びようとするという人物だった。彼がなにか新しいヴァイラルなフレーズをぶっ放して話題になると、またか、と暗澹たる気持ちになり、それを癒やすために僕が生活するレイヤーの中の人たち——そこには石原を支持する人なんてまったく存在しない——と、そのフレーズで言葉遊びに興じたりして彼をからかい、ひとときの憂さ晴らしをする。僕の属するレイヤーには、トランプをからかう動画が溢れている。それを見ているはじめのうちは、単純に笑え、溜飲の下がる思いがする。でもいくつもその手合いを見ているうち、やがて、これを見てフッと笑ってるだけでは何にもならないということに直面する。一、二週間ほど前、やはりカンティーネで、今回のプロダクションのメンバーと、トランプがアメリカの大統領になることは日本にとってどうか? と訊かれた。もちろんそんな大きな問題は、僕の知識と思考力ではわからないんだけど、と断ったうえで、日本の米軍基地をめぐる問題を話した。それはアメリカと日本の問題であるだけでなく日本の大きな国内問題でもある。なぜなら日本のアメリカの軍用施設の大半は沖縄に集中的に置かれている、つまり沖縄が圧倒的に米軍施設という負担を押しつけられているからだ。ところでトランプは、日本に駐留する米軍基地の費用を全額日本に負担させる、日本政府がそれを拒むなら米軍を日本から撤退させる、と言っている。もし本気でそう言ってるのだとしたら、そして日本政府がそれを拒み、それによって米軍が日本からほんとに撤退するなら——いや、日本政府が全額払うことを受け入れようとする可能性も大きいんだけれども——、それは大変革、喜ばしい変革だと僕は思う。つまり僕はこの点においては、トランプに期待している。でも、これってオッケーな考え方だろうか? 正直、わからない。統治者を評価するとき、どの点を評価するのか? 統治者に期待するとき、何に期待するのか? 理念や人格に? それとも、自分がよいと信じる結果をもたらすことにか? かつて�小平は古い中国の故事をひいて「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫だ」と言った。〈彼〉は白い猫だけど鼠を捕るかもしれない。良い猫ではちっともないけれども鼠は捕るかもしれない。それを期待するのは、オッケーなことだろうか? 昼食後もリハーサルの続き。十六時半で終了。あした土曜日はリハーサルを休みにすることに決める。週末にそなえてスーパーマーケットで買い物。アパートに戻って執筆の続き。たぶんあしたのうちに「都庁前」は書き上がるだろう。執筆のゴールが見えてくると、心の状態が、先に進めよう、展開させよう、という思いに駆られながら書くというものから、最後まで丁寧にやろう。しっかりと着陸を成功させよう、という意識へと変わる。なので一気に終わらせず、また腹も減ってきたので、食事を作る。前とまったく同じの、野菜とソーセージの蒸し煮。ワインを飲みながら食べ、心身ともに満たされ、少し早いが眠る。

 

 

January 14th, 2017
午前六時前に起きて執筆。八時頃「都庁前」完成。関係者に送信し、少し放心。入浴して朝食。外はぱらぱらと雪が降っている。ミュンヘン市内にある巨大な公園、イングリッシュガーデンの雪の日の様子を見に行こうと思い、散歩に出かける。この公園の隣にある美術館、Haus Der Kunst では今”Postwar: Art Between the Pacific and the Atlantic, 1945–1965”という展覧会をやっている。来週の週末にでも見にいってみようと思う。イングリッシュガーデンの脇を流れる川のあるところが、流れがちょうどいい具合に激しくて、そこがサーフィン・スポットになっている。ミュンヘンのちょっとした観光名所としてすでにわりと有名だ。こんな雪の日の午前中でも、ほんの数人だったけれども、サーフィンやってる人がいた。雪化粧したイングリッシュガーデンは期待通りの美しさだった。公園内をジョギングしている人もいれば、クロスカントリー用のスキーをつけて歩いている人もいる。身体の芯まで冷えてくるような寒さは、僕が予想していた以上で、だんだん辛くなってきたので、意外にあっさりアパートに戻る。そのまま眠気に誘われ、少し昼寝。目が覚めてもしばらくはぼうっとしていた。今夜は今偶然ミュンヘンの映画館で上演中の日本の映画を見に行くことになっている。十八時半にカンティーネで秋子さんと今回のプロダクションの音楽家であるカズさんと待ちあわせ。僕は昼食を抜いてしまったので一人だけそれより三十分ほど早くそこに行き、白身魚のフライとビール。二人もやってきて、脱稿を祝して乾杯する。そして昼間よりも雪が降りしきっているなかを徒歩で二十分ほどかけ、Glockenbach 地区の Werkstattkino という映画館へ。Glockenbach は、基本的に保守的なミュンヘンという街の中で異彩を放つヒップなエリアで、フレディー・マーキュリーが住んでいたこともあるので有名で、そんなこんなでここに飲みに来たいんだけれどもいかんせんテキストを書かなければならず実現できていなかった。映画館に行ってみるとそこは、客席は50席あるかどうかというほどの、小さくて親密な会場だった。完全に満員。見たのは Yang Yonghi 監督の”Sona, the Other Myself” というドキュメンタリー映画。在日コリアンである監督には三人の兄がいるが彼らは七十年代に北朝鮮に渡った。映画は彼女の姪っ子にあたるソナの成長を中心に描くドキュメンタリー映画。平壌の風景、人々の生活の様子が垣間見える。北朝鮮の政治体制下で生きる人々を家族に持つ日本で暮らす人々の日常も。終演後、観客と監督との質疑応答がある。たくさんの質問が出る。東西の分断を経験しているドイツの人々が、この映画が考えさせる朝鮮半島の南北の分断の問題に強い関心があるというのは想像に難くない。イベントの時間が終わっても、映画館の小さなロビーでヤン監督は質問攻めにあっている。挨拶して帰ろうと思ったら、ぜひ話をしたいから映画館の隣のビアホールで待っててほしいと言われる。話をしたがってるドイツのお客さんがたくさんいるのでどうぞごゆっくり、僕らはのんびりビアホールで待ってますので、と言って三人で店に入って映画の感想を話しあっていたら、Yonghi さんはほとんどあっという間にやって来て僕らと合流。この数日間ずっと、スクリーニングのあとに質疑応答、という日程を繰り返していて、ドイツ人の質問攻めに英語で応答するのにいいかげん疲れてしまってここに逃げてきました、とのことだった。日本語で会話ができるのをえらく喜んでいた。ヨンヒさんとはこの日が初対面だ。ミュンヘン在住の日本人の家族が偶然共通の知り合いで、彼らを介して僕は今回のスクリーニングの情報を知った。ヨンヒさんはかつては役者として舞台に立っていたことがあるほどの、演劇の大好きな人で、僕の芝居も東京で見てくれたことがあるらしい。芝居の話、北朝鮮の話などで盛りあがっていたらあっという間に時が過ぎてビアホールの店じまいの時刻になっていた。再会を期して別れる。秋子さん、カズさん、僕はまた歩いてアパートへ。とても寒い。ミュンヘンに来て寒いのに慣れたつもりでいたが、もしかすると僕らのこれまでの滞在中で今日がいちばん寒いのではないかという気がする。部屋に戻り、眠いのですぐさまベッドに横になる。今見た映画が自然と反芻される。人は属する社会体制に圧倒的に規定される、というこの当たり前のことを、ファーストシーンでは三歳だったソナがティーンエイジャーになっていく過程にこの映画の観客として付き合いながら改めて、けれども強烈に考えさせられた。映画で直接描かれていたわけではないことも頭をめぐる。もしも現在のような体制の北朝鮮から大量の人々が日本に難民としてやってくるとしたら? 決してありえない仮定ではない。そのとき日本は国家レベルでその出来事に「アンニョンハセヨ」と言って歓迎的な対応をできる用意があるだろうか? いや、ないだろう。これっぽっちもその可能性はない。移民を受け入れるメンタリティがまるでないそうした日本社会は、ときどきボリス・ジョンソンみたいな人物から模範的だなどと評されてしまう。恥ずかしい。実は再来年くらいに難民をテーマにした新作をつくってみる気はないかという打診を国内のある組織から受けている。やれるのかどうかはわからない。今は “Nō-Theater” のことで頭がいっぱいで他のことに考えが及ばない。

 

January 15th, 2017
目覚めて真っ先に、右腕の包帯をはずす。痛みは百パーセント引いたわけではない。でも包帯のない腕のほうがいい。窓の外は雪が積もっている。少しだが、降りつづいてもいる。風呂にゆっくり入る。少しのぼせたのでベッドでしばらくぼうっとしながら本を読む。火照りがひいて、ペパーミント・ティーのためのお湯をわかす。待望の柘榴付きの朝食。休日なのだし外出したっていいわけだが、いかんせんこの雪なので引きこもってしまう。ヨンヒさんは今日は Bavarian State Opera に行くと言っていた。僕はこうしてそれなりに長い期間ミュンヘンの、しかもオペラ劇場から徒歩十分程度のところに滞在していながらまだ一度も行ったことがない。もしかすると僕は、ミュンヘンの権威的な匂いがする場所をなんとなく避けているのかもしれない。でも Bavarian State Opera が権威的だというのは僕の単なる思い込みである可能性もじゅうぶんある。オペラというものに慣れ親しんでこなかったから単に敬遠しているだけという面もある。それに権威的ということを言うなら、僕が仕事をしているミュンヒェナー・カンマーシュピーレだって伝統ある名門の公共劇場なのであって、そういう意味じゃきわめて権威的なわけだが、僕がここで日々仕事をするなかで付き合う人々も、そこからにじみ出る組織としての性格も、権威性は感じない。なにより昨シーズンから芸術総監督をしている Matthias は旧弊な権威といったものからはほど遠い人物で、そして僕はといえば、ドイツ演劇の伝統やら作法やらとなんのつながりもないしドイツ語も全然わからない僕はといえば、むしろそういう人間であるがゆえに彼に呼ばれて、今ここの劇場のレパートリーを作る仕事をしている。自分の作りたいものを好き勝手に作り、試したいことを好き勝手に試そうとしてる。パスタを茹でて出来合いのパスタソースを混ぜて昼食。脱稿した日曜日なのでランチ・ワイン付き。食後ベッドに寝そべりながら読書。ちなみにここ数日は「戦後ドイツ——その知的歴史——」というドイツの思想史及び現代思想の専門家である日本人の書いた本を読んでいる。ふいに一通のメールのことを思いだす。ずっと前にもらっていて返信できずにいる、ドイツ人の友人が僕の前回のミュンヘンでの仕事の佳境時にくれたメールだ。ドイツの公共劇場のストレスフルなシステムによって僕が疲弊するのが心配だ、そんなものに巻き込まれる必要はない、それよりも、これまでもそうしてきたように、自分のカンパニーでいい演劇をつくり続ける方がいいんじゃないか。そういう内容のメールだ。僕のことを気にかけてくれて嬉しい、でもそれは杞憂だ、なにも心配しなくて大丈夫。そういう返事を出せていない。この日記を書き終わったら、受信して半年以上経ってしまっているそのメールに、返信をしようと思う。ものすごい長いメールだったのだ。ほんとうに心配してくれているんだとわかって、その気持ちに圧倒されて、返事できなかった。ドイツで演劇をつくる仕事をしていることは、楽しいし、新しいし、挑戦だし、とにかく、僕にとってシンプルにポジティヴなことだ。それに、自国がこの先どうなるかわからないので、これは僕のサヴァイヴァルのためでもある。もっとも、ドイツだって、いや他にも世界のいたるところが、この先どうなってしまうかがわからないのだけれども。

 

Toshiki Okada, born in Yokohama in 1973, is stage director and author. In 1997 he founded the theater group chelfitsch. His works deal with cultural upheaval and their social ramifications, especially in a Japan marked by consumption and economic constraints. His productions with his chelfitsch company have been honored with several awards. The production “Five Days in March” (2005) was granted the renowned 49th Kishida Drama Award. “Air Conditioner” (2005) attracted great attention at the Toyota Choreography Award. From 2006 to 2007 he served as manager for “Summit”, an annual theater festival which is organized by the Komaba Agora Theater in Tokyo. Recent productions of the chelfitsch company, such as “Hot Pepper, Air Conditioner and the Farewell Speech” (2009), “Current Location” (2012) and “Ground and Floor” (2013), have regularly been staged in Europe, as well as “Super Premium Soft Double Vanilla Rich” (2014) and lately „Time’s Journey Through a Room“ (2016). Okada also presents his works in numerous art centers and museums.
As author he not only writes the texts of his own productions, but also prose. His story collection “The End of the Special Time We Were Allowed” was published in 2007 and won the “Kenzaburo Oe Prize”. In 2012 it was translated into German under the title “Die Zeit, die uns bleibt”.

#1 January 1st - 8th Jacob Wren

#2 January 9th - 15th Toshiki Okadajapanese version

#3 January 16th - 22nd Nicoleta Esinencuromanian version

#4 January 20th - 30th Alexander Karschnia & Noah Fischer

#5 January 30th - February 6th Ariel Efraim Ashbel

#6 February 6th - 12th Laila Soliman

#7 February 13th - 19th Frank Heuel – german version

#9 February 26th - March 5th Gina Moxley

#10 March 6th - 12th Geoffroy de Lagasnerie – version française

#11 March 13th - 19th Agnieszka Jakimiak

#12 March 20th - 26th Yana Thönnes

#13 March 30th - April 2nd Geert Lovink

#14 April 3rd - 9th Monika Klengel – german version

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Mark Fisher
We are deeply saddened by the devastating news that Mark Fisher died on January 13th. He first visited the FFT in 2014 with his lecture „The Privatisation of Stress“ about how neoliberalism deliberately cultivated collective depression. Later in the year he returned with a video-lecture about „Reoccupying the Mainstream" in the frame of the symposium „Sichtungen III“ in which he talks about how to overcome the ideology of capitalist realism and start thinking about a new positive political project: „If we want to combat capitalist realism then we need to be able to articulate, to project an alternative realism.“ We were talking about further collaboration with him last year but it did not work out because Mark wasn’t well. His books „Capitalist Realism“ and „The Ghosts of my Life. Writings on Depression, Hauntology and Lost Future“ will continue to be a very important inspiration for our work. 

Podiumsgespräch im Rahmen der Veranstaltung "Die Ästhetik des Widerstands - Zum 100. Geburtstag von Peter Weiss"

A Collective Chronicle of Thoughts and Observations ist ein Projekt im Rahmen des Bündnisses internationaler Produktionshäuser, gefördert von der Beauftragten der Bundesregierung für Kultur und Medien.

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